恵比寿の過ごし方

あふれる情報に疲れたら、東京都写真美術館で「見る楽しみ」をリセット

写真と映像の収集・展示のほか、教育普及ブログラムなど幅広い事業を行う東京都写真美術館。年に数回、東京都写真美術館がコレクションする膨大な作品群からテーマを設けて企画展が開催される中、「時間旅行」をテーマにした展覧会が7月に幕を閉じた。そして、また新たに「TOPコレクション 見ることの重奏」が2024年10月6日(日)まで開催中だ。国内外の巨匠たちから現代作家まで、時代や国を横断する14名の作家の名品に触れながら「見る」ことに焦点を当てた今回の展覧会。芸術としての写真の楽しみを教えてくれる。

「私たちは何かを“見る(目にする)”ことをあまりにも当たり前に行なっています。SNSや街の広告など、目は日々ものすごい情報量を処理していますが、意識して“ものを見る”ことは意外と少ない。この展覧会は、見るという行為を問い直そうとする試みでもあります」と語るのは本展を企画した東京都写真美術館学芸員の山田裕理さん。

展示タイトル「重奏」に込められた想い

IZU PHOTO MUSEUM学芸員を経て、2018年より東京都写真美術館の学芸員として勤務。手がけた主な展覧会に「記憶は地に沁み、風を越え 日本の新進作家 vol.18」(2021)ほか共同企画展に、「リバーシブルな未来 日本・オーストラリアの現代写真」(2021)など。

本展は、東京都写真美術館が収蔵する37,000点以上の写真と映像作品の中から14名の作家による100点を展示。タイトルである「見ることの重奏」にはいくつかの意味が込められている。「『見ることの重奏』とは、ひとつの作品を見るときに、作家、批評家、鑑賞者などさまざまな人の眼差しが重なることを意味しています」

作家ごとに作品が並ぶ会場構成。広々とした空間でじっくりと鑑賞ができる。

展示作品の傍には作家本人や批評家が写真について語った印象的な言葉が添えられている。私たちはそこに自分自身の経験や思考を重ねることで、さらに作品を多層的に見ることが可能になるのだ。

作品の制作年代は19世紀から現代までと幅広いが、今回の展示は写真史を辿ったものではなく、時代や地域を超えて「見ること」の面白さが響き合うようなセレクションとなっている。

ウジェーヌ・アジェ『英国ベネディクト会の旧修道院、サン・ジャック通り269番地』(1905年、東京都写真美術館蔵)

「例えば、フランスの写真家、ウジェーヌ・アジェは20世紀初頭の変貌していくパリの街角を30年間撮影し続けました。アジェ自身、自分の写真を記録写真として捉えており、生涯芸術家と名乗ることはありませんでした。写真に人影はなく、批評家からは『犯行現場のようだ』と評されることもありました。しかしアジェの没後、マン・レイの助手をしていたベレニス・アボットは彼の写真に魅了され、その作品を大量にニューヨークへ持ち帰り、芸術作品として多くの人に知らしめました」。

アーティストという意識のなかったアジェの作品が、周囲の評価によってアートとして価値づけられていく変遷がテキストの解説と展示からうかがえる。

同じ被写体から見ることを考える

作品とともに、作家自身や批評家によるテキストが紹介されている。一番右の写真は、本展のメインビジュアルでもある奈良原一高《デュシャン/大ガラス》より(1973年、東京都写真美術館蔵、©Narahara Ikko Archives)

さらに別々の人物が同じ被写体を撮影した作品も展示され、見ることについて改めて考えられる仕組みになっている。「会場にはマルセル・デュシャンの《大ガラス》を2名の写真家が撮影した作品を展示しています。《大ガラス》が美術館に収蔵される前にデュシャンのアトリエで撮影したマン・レイの作品が一点。また日本を代表する写真家の一人、奈良原一高はフィラデルフィア美術館で撮影しました。同じ被写体を撮っているのにこれほど表現が違うのも、作家のまなざしを考えることのできる見どころの一つだと思います」

チェン・ウェイの作品『In the Waves #1』(2013年、作家蔵©Chen Wei, courtesy of Ota Fine Arts)。実在する場所ではなく、スタジオの中で作りこまれた架空の空間なのも興味深い。

また、1980年生まれの中国の写真家チェン・ウェイは今回の展覧会のために、こんな言葉を書き下ろしている。

「写真を撮ることは、私にとってまさに、言葉の欠けている部分を発展させ、拡大させるような一種の文章を書くことに似ている。つまり、自分の身体を通して流れる時間について書くこと、世界によって明らかにされる姿について書くこと、また想像力が宿る場所について書くことなのである」。

会場でひときわ鮮やかな色を放つ彼の作品には、80年代から現在に至るまでの中国の社会的背景が横たわる。そこには言葉にならない記憶や思いが映し出されているかのようだ。

「今回の展覧会からも感じていただけるように作品の見方や価値というのは時代によって異なります。とくにコンテンポラリーな作品は常に評価がアップデートされています。今まさにさまざまな評価が加えられている現代作家の作品も鑑賞者のみなさんご自身が独自の視点で価値を見ていくんだという気持ちで鑑賞していただけたらと思います」と山田さんは言う。

「イメージの作り手である写真家、作品を評価する批評家、そして個人的経験や記憶を重ねる鑑賞者である自分自身。3者の視点が重なり合う作品を純粋に楽しんでいただきたいです」と語る山田さん。

8月30日(金)までの期間、木・金曜日は開館時間を21時まで延長している東京都写真美術館。仕事帰りや夕涼みがてら、情報としての画像をシャットアウトして、じっくり「見ること」に向き合ってみてはいかがだろう。



text: Junko Kubodera
photo: Mitsugu Uehara

TOPコレクション 見ることの重奏

開催期間:2024年7月18日(木)~10月6日(日)
開館時間:10:00~18:00(木・金曜日~20:00)
※8/30(金)までの木・金曜日は21:00まで。図書室を除く。 
※入館は閉館時間の30分前まで
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館、翌火曜休館)
料金:一般 700円/学生 560円/中高生・65歳以上 350円

詳細: https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4816.html

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